| 2005.10.13 北照高等学校スキー部監督 工藤 裕 |
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私 が初めて佐々木明と会ったのは、彼が確か小学校4、5年生の頃だったと思う。シーズンも終わり、ニセコワイススキー場で来シーズンに向けての合宿の中で、背が高く足の長い函館弁で話す目立った少年であった。
時が過ぎて合宿・大会等で会う時、自然に話しをするようになり、北照の選手とお仲よくなって、ごく自然体で私達と溶け込むようになった気がする。大会での成績も徐々に上がり、佐々木明という名前が全道のスキー関係者の目に留まりだしたのも小学校6年生の時だったと思います。 |
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| 中 学時代も順調にスキー技術も進歩し、大会での優勝・入賞も数多く成し遂げ、目的をナショナルチームへ、と一つにしたのもこの頃だったと思います。北照に入学して、スキーというものを更に上達させるべく、日々練習に打ち込み、一段と逞しくなった佐々木明は、先輩に皆川賢太郎・吉岡大輔という全国でもトップの仲間と共にライバル心にも火をつき、大きく成長したのも高校時代であったと思います。同時に海外遠征で世界のトップを見据え、自分自身でも何かをやらなければ上にはいけない、スキーの苦しみを味わったのもこの頃だったと思います。 |
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高 校時代、彼が2年生の時のインターハイ(札幌)での一番の思い出は北照が7回目の全国総合優勝が懸かったSL2本目のレース前、リフトに一緒に乗ると「先生、何緊張してんの?僕が5位まで入って優勝をプレゼントするから」と行って、スタート台に消えていきました。5位入賞は彼自身は悔しい思いで一杯だったと思いますが、お世話になって理解を示してくれた学校への恩返しの一つでもあったのではないか?と感じました。
3年生になり、アルペンのエースとして押しも押されぬ佐々木明は海外のレースへ転戦して行く上で、言葉の重要性を更に強く感じ、自分自身練習の合間にドイツ語や英語の勉強にも力を入れるようになって来ました。 |
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イ ンターハイの前日、高校の大先輩である岡部哲也氏から電話があり、選手全員に激励に来ると言う事で宿舎に居るようにと連絡が入り、待っていました。
私は明に「明、岡部さんがこれから来るぞ」と言った所、明は「岡部さんが来たら、握手をしてやりますよ」笑顔でそんな冗談を言っていた明が、岡部さんが来た途端、直立不動で「こんばんは」「ご苦労様です」いかに大先輩に対して緊張していたか。。。今では笑い話の一つであります。
世界を飛び回り、今やワールドカップの第一シード選手としての佐々木明。
2年前のウェンゲンでの強烈なデビューである2位、その後志賀高原での6位入賞、数えればキリが無い程、スターになる要素がある明。
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トリノオリンピックでは是非、表彰台の中央に立って欲しいと願っています。
気合を入れていこう、佐々木明! |
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